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エージェントベースシミュレーションによる携帯電話事業者のプラットフォーム戦略分析(藤川 2008)

日本の携帯電話産業では, ある事業者が新規開発したサービスを他社が模倣するという構造が存在する. そのような事業者の新規開発や模倣はユーザーの獲得を決定づける重要な項目である. サービスのプラットフォームをどのような仕様にするかという企業戦略はプラットフォーム戦略といい, コンテンツを集める上で重要な意思決定である.  本研究では, 日本の携帯電話産業における各ステークホルダーの意思決定を表現可能なモデルを構築し, 携帯電話事業者のプラットフォーム戦略がコンテンツやユーザーの獲得に及ぼす影響を見える化し, シミュレーションによるシナリオ分析を通じて戦略の有用性を評価することが主な目的である. なお、モデル構築には、社会シミュレーション言語SOARSを利用しています。

2008年度 工学修士 藤川琢哉

研究詳細

1. 背景と目的

携帯電話産業において,KDDIやNTTドコモなどの通信事業者同士の競争が激化している.通信事業者は,競争の際に,プラットフォーム戦略の選択が重要となる.例えば,「着うたフル」というコンテンツを扱うアプリケーションサービスについて,NTTドコモはより多くのコンテンツを集めるオープン戦略を,KDDIは優良なコンテンツを囲い込むクローズド戦略をプラットフォーム戦略として採用している.本論文では,プラットフォーム戦略の効果を評価することを目的とする.

2. ネットワーク外部性とプラットフォーム戦略

ここでは,ネットワーク外部性とプラットフォーム戦略とそれに関わる諸概念の本論文での定義を述べる.

2.1. ネットワーク外部性

携帯電話産業では,ネットワーク外部性における間接効果が強く働くと考えられる.ネットワーク外部性の間接効果とは,より多くのユーザーがいるネットワークにより多くのサービスが集まることで,そのネットワークへの効用が増加する効果である.例えば,コンテンツプロバイダ(CP)は,より市場の大きいキャリアにコンテンツ提供を行い,ユーザーはより多くのコンテンツが集まるキャリアを選択する. なお,本論文では,コンテンツを,着メロ・着うた・動画・ゲーム・Edy提携店舗・QRコードなど一般にケータイコンテンツと呼ばれるものと定義する.また,コンテンツプロバイダ(CP)をプラットフォームにコンテンツ提供を行う主体と定義する.

2.2. プラットフォーム戦略

本論文におけるプラットフォームとは,「『上位構造』をケータイコンテンツとして,キャリアが提供するアプリケーションサービスの基盤」と定義する.また,プラットフォーム戦略を,オープン戦略・クローズド戦略として定義する.オープン戦略とは,プラットフォームに標準技術を採用し,自らコンテンツ提供は行わず,広くコンテンツを集めることを狙った戦略である.一方,クローズド戦略は,プラットフォームに独自技術を採用し,一部のCPのみにその仕様を公開する戦略である.

3. 実証分析

ここでは,以下の2つの仮説について検証する.

なお,クロスプラットフォームとは,同じコンテンツを複数のプラットフォームに対応することをいう.本研究では,以下の実証分析から,クローズド戦略は他社からの模倣を遅らせる有効な戦略である一方,プラットフォームにCPが集まりづらい戦略であることを実証した.

3.1. 仮説1の実証分析

3キャリア(ドコモ・au・ソフトバンク)の同種サービスの初期技術仕様とサービス開始時期を調査することにより,「独自技術を採用した新規サービスでは他社の模倣が遅れる」ことを確認し,仮説を検証する.検証の方法として,オープンなサービスとクローズドなサービスについての模倣が遅れる時間について,平均値の差の検定を行った.この結果,Fig.1のようにクローズドサービスは,オープンサービスより模倣が遅れることが示され,仮説1が実証された.

3.2. 仮説2の実証分析

プラットフォームのオープン性により各キャリアの対応状況を集計し,Χ2検定を実施した.結果として,1%の有意水準でオープンプラットフォームとクローズドプラットフォームの対応に差が認められた.

4. エージェントベースシミュレーション

携帯電話産業では,CP・ユーザー・キャリア間で複雑な利害関係が絡み合っている.そこで,そうした関係性を含む問題に有用なエージェントベースモデリングを用いて,携帯電話産業のモデル化を試みる.

本研究では,ベースのモデルとして,Nelson and Winterの単一製品市場において企業間技術競争を進化的に分析するモデルを用いる.本研究で構築するモデルは,携帯電話産業に特化し,プラットフォーム戦略をモデルに加えた.

5. シミュレーションモデル

モデルでは,キャリア・CP・ユーザーの3者関係をモデル化する.キャリアは自社のネットワークを持ち,毎期ネットワーク設備投資を行う.また,ネットワーク上にプラットフォームを提供し,R&D投資を行うことで新規開発や他社プラットフォームの模倣を行う.CPは毎期市場に参入し,それらプラットフォームの中から1つを選択しコンテンツ提供する.ユーザーは各自のコンテンツに対する選好基準からキャリアを選択し,キャリアの乗り換えも行う.

キャリアは自身のプラットフォーム戦略に従って,プラットフォームがオープンであるかクローズドであるかが決まり,それによりCPの集まり方が異なる.自身のプラットフォームにより多くのCPを集めることで,ユーザーの獲得を狙う.

6. シナリオ設定

ここでは,モデルに含まれパラメータの設定とシミュレーション分析で行うシナリオを説明する.モデルにおけるパラメータとしては,ユーザー数や模倣が遅れる期間,新規開発が成功するための係数,ユーザーがキャリアを乗り換える確率などがある.これらに関して,実データや回帰分析,先行研究の実証分析結果などを用いて,現実的なパラメータを設定している.

シミュレーションにおけるキャリアのシナリオ設定を行う.キャリアは,それぞれがプラットフォーム戦略と投資戦略をもつ.プラットフォーム戦略は,{オープン戦略,クローズド戦略}の2通りである.投資戦略は,{設備投資重視型,R&D投資重視型}と{新規開発重視型,模倣開発型,バランス型}の直積の要素で6通りである.よって,シナリオ総数は,Fig.2のような12通りになる.

7. シミュレーション結果と考察

まず,日本の携帯電話産業を想定し,キャリア3社ですべての戦略シナリオの組み合わせを統計分析する.3社それぞれ12通りの戦略シナリオが存在するので,重複組み合わせで364通りのシナリオを,それぞれ100回シミュレーションを行った.

シミュレーション終了時に,最も高いマーケットシェアを持つことを勝利と定義し,分析を行った. Fig.3 のように,各戦略の勝率を求めた結果,特に,(c)の結果から,模倣戦略の割合が高いため,他社サービスの模倣がシェアを獲得する上で欠かせないことが明らかになった.

次に,現実のケース,つまり,NTTドコモが携帯電話産業について先行しており,KDDI・ソフトバンクが追随している状況について分析を行う.これは,キャリアとユーザーの契約シェアが,シミュレーション上では反映されている.現状の戦略を再現したシミュレーション結果における勝率と平均シェアはFig.4のようになった.KDDI・ソフトバンクの最適反応戦略は,ともにFig.5が示すようにCSB戦略であった.また,各キャリアが勝利するそれぞれのケースその要因を分析し,模倣や新規開発が成功するタイミングが重要であることが明らかになった.また,シミュレーションにおいて各パラメータが変化した場合の勝率変化を見る感度分析を行った.感度分析の結果,例えば,コンテンツプロバイダーの参入数が増えると,オープン戦略の威力が高まることが分かった.

8.結論

本研究では,携帯電話産業におけるプラットフォーム戦略の存在を実証分析で確かめた.また,携帯電話産業のシミュレーションモデルを構築し,様々な現実的シナリオにおけるプラットフォーム戦略の有効性を分析した.その結果,シェアを獲得する上での模倣戦略の重要性が明らかになった.また,日本の携帯電話産業を想定してシミュレーション分析を行い,現状から戦略を変えることでKDDIやソフトバンクにも勝利の可能性があることを示した.また,シミュレーション結果の詳細な分析から,オープン戦略やクローズド戦略の有効な条件に関する考察を得た.

9. 今後の課題

今後の研究課題としては,モデルにおいて,キャリアの価格戦略やキャッシュフローの導入があげられる.キャリアにとって,基本料金や通信料の面での価格戦略は,戦略の重要な要素である.また,キャリアの投資の意思決定の際に,キャッシュフローは重要な要素となる.また,モデルに価格を導入すれば,ユーザーの価格選好の導入も必要となる.また,現状投資戦略は,シミュレーション内で不変であるが,実際のキャリアは臨機応変にこれらの戦略を変えていると考えられるため,戦略の動的変化を含めたモデル化が必要である.

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